【元フジ】渡邊渚さんが綴る「自分の好き」を知る人の強さについて
【元フジ】渡邊渚さんが綴る「自分の好き」を知る人の強さについて
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私は、「好きな食べ物はなに?」と聞かれることが苦手だ。その質問の裏に何が隠れているのか、その先の展開を考えすぎてしまうからだ。色んな食べ物の選択肢が頭に浮かぶが、そこに自分がいない。
例えば、母からその質問をされたら、「母の作るメンチカツ」と答える。嘘ではない。揚げたてのサクサク感と溢れ出す肉汁、いわゆる“お袋の味”で、確かに好きだ。だが、その答えは、手のかかる料理を作ってくれたというありがたさと、そう言えば母がどんな顔をするかを重視した結果、口に出した食べ物でもある。
母の作ったメンチカツと答えたら、喜んでくれるだろうし感謝が伝わるのではないか、という打算があらかじめ織り込まれている。
知り合いに「好きな食べ物は?」と聞かれたときは、また別の思考が巡る。これは単なる質問ではなく、このあと「じゃあ今度行こうよ」と続くかもしれない。何と答えるかで性格や育ちを見積もられている可能性もある。
はたまた場を和ませるためだけに聞いたのかもしれない。質問の意図とそれぞれの場合の解答案が、頭に無数に浮かんでくる。そして、相手と状況に合わせて、自分が今求められているであろう最適解を言う。
単なる「好きな食べ物は?」という質問に、私はかなりのパワーを消耗する。そして、これでよかったのかとモヤモヤし続ける。ここに本当の私は存在しない。
求められるものがなくなると、自分の存在は簡単に揺らぐ
番組の収録でもそうだ。今は撮れ高を求められてると思ったら、わかりやすく感情を見せるような場面を作る。違う角度からの意見を求められていると思ったら、その場にいる人間の中で私にしか気付けない、言えないことを言う。
本心かどうかはあまり関係ない。私がすべきことは、求められることに100%以上応じることだ。振り返ってみると、私の人生は、その行動指針によって選択されてきた気がする。
※全文はソースで
https://www.news-postseven.com/archives/20260403_2101615.html





